Rabu, Juni 11, 2014

だめ女の子が社会人になる時の話

やっほ~
なんか日本語でブログを書くのって久しぶりかな?そうでもない?っていうか、最近ブログ書いてないね。笑
ま、色々考え事とかあるけど、考えれば考えるほど、頭も体もだる~くなってしまうから、書く気もなくなってしまうのよね、、
じゃ、まずは、最近やっていることから書こうかな。
ええと、私、文部科学省の研究生プログラムに申請してるでしょう。
で、その申請の時に提出する書類のひとつは、先生からの推薦状。
なので、2月に(やっと)卒業したのに、ちょいちょい学校に、顔を出していたんだ。
先生の推薦状だけじゃないけどね。
図書館に行って、先輩の学士論文や、修士論文を読みにね。
で、日本語学科の研究室に行ったら、その研究室の事務職員のウミさんという人が、あたしに「今、なんか仕事をしていますか」って聞いた。
「仕事はしていないけど、バイトはしていますよ」とあたしが答えた。
そして、「バイトね、、働く気はありませんか」とまた聞いた。
「ううん、正直言えば、あまりないと思いますね。どうしてですか。」とあたしが聞いた。
「そうなんだ。実は、法学部にはガジャマダ大学(あたしが卒業した大学)と名古屋大学が協約を結んで、研究センターを創立したんだ。で、その研究室、事務職をやっている人を求めているんだ。興味ない?」とウミさんまた聞いた。
「ふ~ん。でも、この研究生プログラムの研究計画とか集中したいんですが、、」とあたしが答えた。
「そうですか。ま、興味があるようになったら、早く私に言ってくださいね。」と、会話が済んだ。
と思ったら、大間違い!
その時、あたしのアカデミックアドバイサー、ウィウィ先生という方も含めて先生達は会議中でした。
そして、会議は研究室の前(いや、ちょっと斜めだ)にある教室に行われた。研究室の前に先生を待っていた。
会議が終わって、先生達がその教室から出た。そして、ムル先生が出て、あたしを見たら、「あ、ガナさんですね。今、どこかで働いてる?」とあたしに聞いた。
「いいえ、バイトはしていますが、、」とあたしが答えた。
「そうですか。法学部の研究センターがスタッフを探しているんですが、興味あれば、ウミさんに言ってくださいね。」と先生が言った。
「あ、はい。分かりました。」とあたしが答えた。「もうウミさんから聞きましたが、、」とも言ったかな?今、思えば、本当にそれ言ったら、失礼だろうな、、
あ、忘れた、その時、あたしはイザちゃんと一緒に待っていたんだ!
一緒に研究室に入ったが、先生達が会議中だと分かって、研究室を出るところに、あたしだけウミさんに止められた。
そして、さっき言った会話があって、研究室を出て、さっきの会話のことをイザちゃんに話した。
なので、ムル先生がまたその仕事の話をしてから、あたしはイザちゃんに、「やろうかな?でも、働く気ないもん。のんびりしたいもん。家でごろしたいもん。」(なんてだめ人間だな、あたし)って言った。
「え?でも、給料いいでしょう?」ってイザちゃんは言った。
あ、給料のこと。額はここでは言わないけど、本当に給料いい仕事なんだよ。
「イザちゃんだったら、やる?」
「やってみようとは思っているけど、紹介されたのはガナでしょう?」
「じゃ、紹介されたら、やる?」
「ふ~ん、やるかな?」
「じゃ、ウミさんに言おう」
「え?でも、ウミさんはその仕事をガナにやってほしいじゃん?だから、ガナにしか言っていないでしょう」
「そうなのかなあ」
ま、先生も研究室に戻ったし、またその研究室入ったら、ロビー(っていえるかな?)にムル先生、タタン先生、そして学科長のステディ先生が座っていた。
ステディ先生は、あたしが「失礼します」と言った途端に、「あ、ガナさん。法学部に研究センターがあってね。スタッフを探してるんだ。やってみない?」と問いかけた。
「あ、先ほど、ウミさんとムル先生からも聞きましたが、正直、研究生のほうがやりたいですね。」とあたしが言った。
「あ、でも、向こうは進学希望のある人でも大丈夫だよって言ってたよ。採用される前に、面接とか行いますし。」
「そうですか。しかし、この研究生の予選で、しばしば、ジャカルタに行かなければならなくなりますが、、」
「ま、取り敢えずやってみてくださいよ。その研究生のことは面接の時に面接官に話したらいいと思うよ」とタタン先生も言った。
その時、先生が三人も薦めていたから、やってみてもいいじゃないかと思ってた。採用されない可能性もあるし、と。
で、ウミさんに言って、そして、あるメールアドレスに履歴書を送ってくださいと言われた。
あたしは、分かりましたと言ったが、研究室を出たら、また迷った。
やる?やらない?やらないことにしよう。履歴書送らない。でも、ウミさん、もうその研究センターの担当者に言ったようで、送らなかったら、まずいじゃん?ああ、どうしよう、、ってね。
で、次の次の日に履歴書を送ることにした。インドネシア語で。その時、金曜日かな?金曜日午後5,6時ぐらい。そして、日曜日に返事メールが来た。月曜日の午後4時に面接受けることができますか、って。
ま、やることにしたから、「はい、分かりました」と返信した。
そして、月曜日。
実家から大学まで、2時間ぐらいかかって、あまり疲れないように、朝に、学校に行くことにした。
昼まで、図書館でまた論文読もうと思っていたが、眠くて眠くて図書館で、居眠りしてた。
そして、サラーちゃんと会って、面接のことを話した。
サラーちゃんが前に、その面接も受けたということが分かった。しかも、英語で!
「え?英語で?面接官外国人なの?」って聞いたら、
「いや、インドネシア人だけど。前に、研究室の掲示板にその仕事のお知らせがあったから、面接を受けてみたの。ま、お知らせが英語でだから、面接ももしかして英語なんじゃないかと予想してて、本当だった。」
その時、やはりやめよう!と思った。英語、分かるけど、話す自信はないのよおお!
でも、それで採用されないかもって思ったら、「そうだね、採用されなくてもあたしには損はないね。」って感じで面接とところ向かった。
法学部。
インドネシア・日本法研究教育センター。と言うのが正式なセンター名。
面接の前半はインドネシア語だったが、面接官が英語で自己紹介してくださいと言ってから、英語での面接になった。涙
スムーズじゃなかったな。日本語の言葉が出てきそうな時に、「くそおお!この言葉って英語でなんて言うの?!」て考える間がちょいちょい出た。あたしには、外国語って言えば日本語になったようだね。あ、でも研究生のこともちゃんと話したよ。
面接終わったら、正直、恥ずかしくて、「採用されないように!採用されないように!あんな英語では採用されないだろうけど」と思ってた。
一週間後、その面接官から、またセンターに来てくださいと言う連絡が来た。
あれええと思ったけど。
父に相談したら、「来てみて、その時に、受けるかどうかを決めて」と言われた。
二回目の面接(?)の時、色々考えた。
研究生になることができても、日本に行くのは来年の3月で、10ヶ月ぐらいもあると言うこととか、東京のバイト先からの仕事も最近来ていないから、何もやっていないと、完全に引きこもりになってしまうなとか、
後、あたしってたぶんノーと言えない方もあるようで、、
そして、履歴書を英語に直してから、またメールで送った。
そしてえええ~
ちゃんちゃかちゃ~ん!
今、インドネシア・日本法研究教育センターの事務職員で~す。
今までこのセンターの事務職員としてやったことは、名古屋大学から送られた本をリストしたり、名古屋大学のサマー・セミナーと交換留学プログラムの申請を担当したり、することかな?
後、このセンターも研究とセミナーを行う予定もあって、招待状やインタビュー依頼書なども作成したりする。
相当忙しい仕事だけど、今日みたいに、こんなブログまで書ける日もある。今週は、「Minggu tenang(訳:穏やかな一週間)」という期末試験の前の一週間で、授業とかないから、学校に行く学生もあまりいないから。
あたしは事務職員なので、このセンターには8時から16時までいなければならない。でも、毎日、ほとんどあたしのデスクにいて、パソコンを眺めてる。家にいる時のやることとあまり変わらないけどね。アニメとか番組見ることができないけどね。涙
後、座ったままでパソコンを眺めてる。涙
ま、仕事だから。社会人だから。
給料分には働け!この怠け者!

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