Kamis, Juni 12, 2014

やはり本気モードに入らなきゃと分かった時の話

日本語のレベルが下がったようだ!
やばい!
後4日間で文部科学省の研究生プログラムの予選テストを受けるのに!
日本語のレベルが下がったと分かったのは、今日、2008年度の文部科学省の研究生プログラムの予選テスト問題をやっていた時。
2008年の予選テスト問題はA・B・C問題がある。Aは初級、Bは中級、Cは上級。
Aは、恥ずかしながら、うっかりしてたから、満点取れなかった。
Bは、まあまあかな?満点は取れなかったけど、満足できる点数は取れた。
(正直、この「満足」と言う言葉が忘れて、辞書まで引いた)
Cは、、
Cは、、
Cは難しかった!
文法の方は大丈夫ですが、(自慢する気はないけど、文法はあたしの好きな科目だったし)
慣用句とか、読解の時、な~にも分からなかった!
と言ったら、大げさになるけど、
でも、その「あたしには難しい!」という事実を強調したいからだ。
ああ、やはり今日、実家に帰ろうかな、、
でも、昨日も実家に帰ったし、、その時、帰り時間長かったから、疲れて、すぐ眠ったし、、
でも、あたしがいつも使っている国語辞典は実家においてあるから、、涙
ま、今日は、できる範囲で、勉強頑張ろう、、

あ~あ、やはりまだ安心できないな~
本気モードに入らなくちゃ!
入るぞ!!

Rabu, Juni 11, 2014

夢を追いかける時、最初の壁を越え、戦いをし続けなきゃ時の話

やっほ~
やはり暇で、今日は二回目もブログ書こう!
前のポストは何もやる気のない女の子が仕事に紹介されて、社会人になった話なんだが、
今回は、ずっと子供のままでいたがってる女の子が夢を追いかけている話をしよう。
何もやる気なくだめな女の子と同じ人物なんだけどね。
特に注目してもらいたいのは、昨日(6月10日、火曜日)の話。
どうして6月10日?
それは、文部科学省の研究生プログラムの申請書類審査の結果発表日だったからだああ!
月曜日から、同じプログラムに申請しているイヌンちゃんとイザちゃんと連絡を取って、ジャカルタで行われる予選テスト場にどうやって行くかの相談をしてた。
イヌンちゃんとは特に、「早く会いたいね。早く日本にいたいね。」の話で盛り上がった(盛り上がったって言えるかな?なんか切ない感じで話してたけどね。)
ま、その日から色々考えて、やはり、また東京にいたい!色んな国から来た友達に囲まれたい!
いや、別にここの友達がいやだとかの意味じゃないよ。ただ、卒業して依頼、みんなバラバラになってしまったから。
結婚とか仕事とか。
ガジャマダ大学の日本語学科に入ってからも、高校生時代の友人もバラバラだしね。あたしの友人はみんなソロにある大学に入ったり、ソロで就職始まったりしたし。
あたしは一人ぼっちでガジャマダ大学に入学したって言えるかな。
ま、ガジャマダ大学に入学した同じ高校を卒業した学生もいっぱいいたけどね。学部と学科は違うけど。
そして、今、高校生時代から憧れてた一年間日本に留学もできてから、ガジャマダ大学に戻って、卒論を完成して、卒業した。
前は、「卒業してから、就職!もう勉強なんてしたくない!レポートとか課題などが面倒くさい!」なんてことを思っていたが、
卒論の発表の後かな、また留学したいと思ったのは、、
いや、卒論の発表後の卒論訂正の後かしら?
あの時、「ある疑問を抱き、この疑問の答えを求め、やっと答えが見つけたと言う気持ちが最高だな!」と思った。
後、言語に興味を抱いてるからかな?最近、よくインドネシア語と日本語の表現や、句などを比較したり、両国のある文化を比較したりして、疑問が浮かんでる。
インドネシアと日本のこの表現の比較研究すれば楽しいだろうな、インドネシアの日本のこの文化について比較研究したら面白いだろうな、とか。
それで、研究者になろう!と思うようになった。
ま、言語の研究者だったら、大学で先生をやっているとイメージがあって、ちょっと迷ったけど。
いや、先生になりたくないからじゃないよ。問題なのは、大学で教えることじゃなくて、大学生時代からよく友達に「ガナは将来先生になるんだろうな」って予想されているから、その人たちの予想が現実になるのがいやなのだ。
将来が予想されると言うのは、なんか「将来、これをやってください」って命令に感じてしまうから、それがいやなんだ。笑
あたしの気のせいだけかも知れないが、やはり人生に関しては命令されるのがいやだね。「あたしの人生だから、あたしの好き勝手で決めるから!他人はあたしを命令する権利はない!」なんて思ったりしてね。
普通に考えれば、誰でもそうだろうね。
で、研究者になる話に戻ろう。
卒論発表後の卒論訂正と卒業式の間に、色々考えたんだ。
「この次、何をしたいか」って。
で、まだ東京に残ってる友達やあたしの次に留学する後輩達ののフェースブックみたり、これから日本に留学する人の話を聞いたりしたら、
「じゃ、あたしも研究生プログラムに申請しよう!」と。
「卒論発表の時のリベンジもしなきゃ!」ってことも思ってね。
ところで、あたし、卒論発表が下手だったんで、(後、研究の分析方も色々間違ったし)、卒論はB+しか取れなかった!
ま、負けず嫌いなところもあって、留学の前、毎学期にどの授業でも満点取れるように頑張って宝、卒業式の時に、GPA3.91で文化研究学部の2014年2月の卒業生の中に、1位のGPAを持ってる卒業生になったけど、
ガジャマダ大学全体では、法学部卒業生がGPA4.00(満点)で1位!2位は薬学部の卒業生かな?GPA3.99で。3位は経済学部の卒業生、GPA3.98か3.97か忘れたけど、、
違う学部だけど、あの法学部の卒業生はちゃんと満点で卒業できたのに(しかも、2人いたのよ!満点で卒業できた学生が)、なんであたしができないのよ?!とか思ってて、
「修士課程でリベンジ!」なんてことまで思ったのよ。
だから、その後、一所懸命に研究テーマを考え、卒論指導教員にも相談したりアドバイスしてもらったりして、研究計画を立てて、在インドネシア日本国大使館に研究生プログラムの申請書類を送った。
申請期間は4月24日までだった。
まずは、申請書類審査。その次、予選テストと面接。
合格したら、なんか色々な書類を記入して、日本の入学志望大学の教授に入学許可書を書いてもらったりして、うまく行けば、日本に行くのは、来年の4月になる。
で、6月10日は申請書類審査の結果発表!
8時にセンターに入って、すぐパソコンをつけて、在インドネシア日本国大使館のホームページに入った。まだ結果は出てなかった。
9時、、まだだ。
10時、、うう、なんでまだなの?
11時、、そろそろ出るんじゃないか?え?まだ?!
12時、、本当に今日、6月10日?
13時、、6月10日だね、
13時7分、あ、出たああ!
書類審査結果が出たああ!
すぐ、アドビー・リーダーの文字検索機能で、自分の名前を記入してええ、、
あったあああ!
あたしの名前、あったあああ!
本当にあたしだよね?確認しよう
「Thathit Puspaning Gegana, ガジャマダ大学卒、」
うん、ここまでは、あたしじゃない可能性はまだ低いな、、
「Jakarta、、」これ、テストの場所かな?
「6月25日、13時、、」ってこれ何?面接のスケジュール?そうなんだ、、
のような独り言してた、、笑
冷静に考えれば、インドネシア中、「Thathit Puspaning Gegana」という珍しい名前をもっているのはあたしだけと言う可能性も99%に近いし。笑
まだまだテストや面接などで、「戦い」が終わっていないから、フェースブックでステータス書いて祝うことをしないことにした。
でも、審査結果を見て、あたしが合格したって分かった友達があたしに「おめでとう」って言ってくれた時、本当に嬉しかったんだ。心が温まったっていうか。
まだまだ安心できないけど、少しはその人たちの「おめでとう」の言葉で、一安心できた。

でも、なんか胸騒ぎもしたな。
失敗という可能性に不安があるでろう。
あたしには、安心と油断は紙一重なんだから、あまり安心してると、油断してるようになってしまう。
油断してしまって、失敗してしまう。
そんなの、一番怖い!前にも言ったけど、特に、負けず嫌いなところがあるから、さらに不安を感じてる!
失敗することを想像するだけで、泣きたくなる。いや、泣いた時もあった。
大丈夫かな?大丈夫かな?なんて。

「ま、今、考えても、先のことだから、今やれるのは精一杯頑張って、素直な気持ちで祈るしかないね。前にあるものから、勝負をして戦って、かつしかない!」
と、イスラム・インドネシア大学の教授のカン・オマン先生がジョグジャであった時に言った、、

だめ女の子が社会人になる時の話

やっほ~
なんか日本語でブログを書くのって久しぶりかな?そうでもない?っていうか、最近ブログ書いてないね。笑
ま、色々考え事とかあるけど、考えれば考えるほど、頭も体もだる~くなってしまうから、書く気もなくなってしまうのよね、、
じゃ、まずは、最近やっていることから書こうかな。
ええと、私、文部科学省の研究生プログラムに申請してるでしょう。
で、その申請の時に提出する書類のひとつは、先生からの推薦状。
なので、2月に(やっと)卒業したのに、ちょいちょい学校に、顔を出していたんだ。
先生の推薦状だけじゃないけどね。
図書館に行って、先輩の学士論文や、修士論文を読みにね。
で、日本語学科の研究室に行ったら、その研究室の事務職員のウミさんという人が、あたしに「今、なんか仕事をしていますか」って聞いた。
「仕事はしていないけど、バイトはしていますよ」とあたしが答えた。
そして、「バイトね、、働く気はありませんか」とまた聞いた。
「ううん、正直言えば、あまりないと思いますね。どうしてですか。」とあたしが聞いた。
「そうなんだ。実は、法学部にはガジャマダ大学(あたしが卒業した大学)と名古屋大学が協約を結んで、研究センターを創立したんだ。で、その研究室、事務職をやっている人を求めているんだ。興味ない?」とウミさんまた聞いた。
「ふ~ん。でも、この研究生プログラムの研究計画とか集中したいんですが、、」とあたしが答えた。
「そうですか。ま、興味があるようになったら、早く私に言ってくださいね。」と、会話が済んだ。
と思ったら、大間違い!
その時、あたしのアカデミックアドバイサー、ウィウィ先生という方も含めて先生達は会議中でした。
そして、会議は研究室の前(いや、ちょっと斜めだ)にある教室に行われた。研究室の前に先生を待っていた。
会議が終わって、先生達がその教室から出た。そして、ムル先生が出て、あたしを見たら、「あ、ガナさんですね。今、どこかで働いてる?」とあたしに聞いた。
「いいえ、バイトはしていますが、、」とあたしが答えた。
「そうですか。法学部の研究センターがスタッフを探しているんですが、興味あれば、ウミさんに言ってくださいね。」と先生が言った。
「あ、はい。分かりました。」とあたしが答えた。「もうウミさんから聞きましたが、、」とも言ったかな?今、思えば、本当にそれ言ったら、失礼だろうな、、
あ、忘れた、その時、あたしはイザちゃんと一緒に待っていたんだ!
一緒に研究室に入ったが、先生達が会議中だと分かって、研究室を出るところに、あたしだけウミさんに止められた。
そして、さっき言った会話があって、研究室を出て、さっきの会話のことをイザちゃんに話した。
なので、ムル先生がまたその仕事の話をしてから、あたしはイザちゃんに、「やろうかな?でも、働く気ないもん。のんびりしたいもん。家でごろしたいもん。」(なんてだめ人間だな、あたし)って言った。
「え?でも、給料いいでしょう?」ってイザちゃんは言った。
あ、給料のこと。額はここでは言わないけど、本当に給料いい仕事なんだよ。
「イザちゃんだったら、やる?」
「やってみようとは思っているけど、紹介されたのはガナでしょう?」
「じゃ、紹介されたら、やる?」
「ふ~ん、やるかな?」
「じゃ、ウミさんに言おう」
「え?でも、ウミさんはその仕事をガナにやってほしいじゃん?だから、ガナにしか言っていないでしょう」
「そうなのかなあ」
ま、先生も研究室に戻ったし、またその研究室入ったら、ロビー(っていえるかな?)にムル先生、タタン先生、そして学科長のステディ先生が座っていた。
ステディ先生は、あたしが「失礼します」と言った途端に、「あ、ガナさん。法学部に研究センターがあってね。スタッフを探してるんだ。やってみない?」と問いかけた。
「あ、先ほど、ウミさんとムル先生からも聞きましたが、正直、研究生のほうがやりたいですね。」とあたしが言った。
「あ、でも、向こうは進学希望のある人でも大丈夫だよって言ってたよ。採用される前に、面接とか行いますし。」
「そうですか。しかし、この研究生の予選で、しばしば、ジャカルタに行かなければならなくなりますが、、」
「ま、取り敢えずやってみてくださいよ。その研究生のことは面接の時に面接官に話したらいいと思うよ」とタタン先生も言った。
その時、先生が三人も薦めていたから、やってみてもいいじゃないかと思ってた。採用されない可能性もあるし、と。
で、ウミさんに言って、そして、あるメールアドレスに履歴書を送ってくださいと言われた。
あたしは、分かりましたと言ったが、研究室を出たら、また迷った。
やる?やらない?やらないことにしよう。履歴書送らない。でも、ウミさん、もうその研究センターの担当者に言ったようで、送らなかったら、まずいじゃん?ああ、どうしよう、、ってね。
で、次の次の日に履歴書を送ることにした。インドネシア語で。その時、金曜日かな?金曜日午後5,6時ぐらい。そして、日曜日に返事メールが来た。月曜日の午後4時に面接受けることができますか、って。
ま、やることにしたから、「はい、分かりました」と返信した。
そして、月曜日。
実家から大学まで、2時間ぐらいかかって、あまり疲れないように、朝に、学校に行くことにした。
昼まで、図書館でまた論文読もうと思っていたが、眠くて眠くて図書館で、居眠りしてた。
そして、サラーちゃんと会って、面接のことを話した。
サラーちゃんが前に、その面接も受けたということが分かった。しかも、英語で!
「え?英語で?面接官外国人なの?」って聞いたら、
「いや、インドネシア人だけど。前に、研究室の掲示板にその仕事のお知らせがあったから、面接を受けてみたの。ま、お知らせが英語でだから、面接ももしかして英語なんじゃないかと予想してて、本当だった。」
その時、やはりやめよう!と思った。英語、分かるけど、話す自信はないのよおお!
でも、それで採用されないかもって思ったら、「そうだね、採用されなくてもあたしには損はないね。」って感じで面接とところ向かった。
法学部。
インドネシア・日本法研究教育センター。と言うのが正式なセンター名。
面接の前半はインドネシア語だったが、面接官が英語で自己紹介してくださいと言ってから、英語での面接になった。涙
スムーズじゃなかったな。日本語の言葉が出てきそうな時に、「くそおお!この言葉って英語でなんて言うの?!」て考える間がちょいちょい出た。あたしには、外国語って言えば日本語になったようだね。あ、でも研究生のこともちゃんと話したよ。
面接終わったら、正直、恥ずかしくて、「採用されないように!採用されないように!あんな英語では採用されないだろうけど」と思ってた。
一週間後、その面接官から、またセンターに来てくださいと言う連絡が来た。
あれええと思ったけど。
父に相談したら、「来てみて、その時に、受けるかどうかを決めて」と言われた。
二回目の面接(?)の時、色々考えた。
研究生になることができても、日本に行くのは来年の3月で、10ヶ月ぐらいもあると言うこととか、東京のバイト先からの仕事も最近来ていないから、何もやっていないと、完全に引きこもりになってしまうなとか、
後、あたしってたぶんノーと言えない方もあるようで、、
そして、履歴書を英語に直してから、またメールで送った。
そしてえええ~
ちゃんちゃかちゃ~ん!
今、インドネシア・日本法研究教育センターの事務職員で~す。
今までこのセンターの事務職員としてやったことは、名古屋大学から送られた本をリストしたり、名古屋大学のサマー・セミナーと交換留学プログラムの申請を担当したり、することかな?
後、このセンターも研究とセミナーを行う予定もあって、招待状やインタビュー依頼書なども作成したりする。
相当忙しい仕事だけど、今日みたいに、こんなブログまで書ける日もある。今週は、「Minggu tenang(訳:穏やかな一週間)」という期末試験の前の一週間で、授業とかないから、学校に行く学生もあまりいないから。
あたしは事務職員なので、このセンターには8時から16時までいなければならない。でも、毎日、ほとんどあたしのデスクにいて、パソコンを眺めてる。家にいる時のやることとあまり変わらないけどね。アニメとか番組見ることができないけどね。涙
後、座ったままでパソコンを眺めてる。涙
ま、仕事だから。社会人だから。
給料分には働け!この怠け者!